遅ればせながら、「保活」なるものを始めてみることにしました。
せっかくなので、その様子を綴っていきたいと思います。
しょっぱな第一弾のタイトルは「懺悔」
いやはや、
ホントの本当にありがとうという気持ちと同時に、申し訳ないなと思うのです。
妻に。
うちは、まぁよくある共働き夫婦ではあるのですが、
よくある共働き夫婦と違って、立上げたばかりの会社で一緒に役員として働き、
経理・人事・総務系は一任と言う状況です。
大企業の一社員と違うのは、代わりの人を探すことがすぐにできないということ。
そして、子どもが産まれる時になって初めて、
役員って、産休はあるけど、育休とっても手当でないんだ!ってことを知りました。
制度なのでしょうがないですが、まじか、というのが正直なところ。
産休もほどほどに、育休はないまま、働くことになりました。
個人事業主に毛が生えた程度であればそれでもいいものの、
お陰様でそれなりの成長をする中で、だいぶ業務過多になってしまいました。
そもそもはというと、「子どもを横に置いて働く環境」はちょっとした憧れでもありました。
「保育園落ちた日本死ね」と待機児童問題が世間を賑わせている頃も横目に見ていました。
ま、なんとかなるかな、と。
子どもとたくさんの時間過ごせるの幸せじゃん。顔がいつも見れるし、と。
確かに、「横に置けていた」6ヶ月頃までは、なんとかなったんです。
妻がものすごい頑張ってくれてたおかげで。
でも、動き始めて、歩き始めてからは、なかなかそうもいきません。
いつ寝るのか、いつ起きるのかわからない娘。起きたら喜怒哀楽を見せる娘。
そんな環境下では、妻は、仕事を計画立てても、計画通り進むわけがありません。
とはいえ、打ち合わせやら出張があると、殆ど育児は妻任せ。
娘は、エネルギーいっぱいなのに、
構ってあげられきれない、申し訳なさ。
保育園にでも預けるか、とだいぶ前に思ったものの、
どこから一歩を踏み出していいかわからないまま、
日々の業務に追われて時が過ぎて行ってしまいました。
娘は大きくなり、1歳5ヶ月、
勝手に高いところに登り、頭から地面にダイブ。
仕事が進まないだけじゃなく、娘の将来を考えても、
さすがにもう先延ばしできない問題となってきました。
ってか、何度も黄信号がともってたのに、見過ごしてきた罰ですね。
ホント申し訳ない。
ということで、意を決して、
ネットリサーチや区役所訪問での情報収集から、保活を始めました。
そして、気付いたら、
「保育園落ちた日本死ね」なんて言えないくらい、出遅れてることに気付きました。
なるほど、こういう世界になってるのね。
そもそも、半年くらい、いや、もっとか、動き出すのが遅かったじゃん。
さて、無事、保育園に入ることはできるのでしょうか。
東京都中央区での1歳児保活日記のはじまりはじまり〜。
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