人は歴史から何を学ぶのか

観光雑感
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3.11の地震から、来年の3.11で10年を迎えます

ツアーで福島沿岸部を訪れるようになったことのご縁で、
岩手や宮城の沿岸部にも度々訪れる機会を頂くようになりました

「災害が続くことで、人の関心は東北から移って行ってしまっている」

そのような話も耳にします

改めて話を聴くたびに、忘れてはいけないことだと感じさせられる一方で、
難しさも感じることもあります

語り継ぐことの難しさ

ある語り部の方がおっしゃっていた言葉は印象的でした

「自分も親から何度も何度も聞かされてきたけど、その時はうるさいな、と感じていた。でも実際起こったことで、語り継ぐことの大事さを感じた」

中高年が徐々に言葉が多くなり、小言っぽくなっていくことは容易に想像できるし、
一方で、その大切さも痛感します

今回は、「うるさいな」と思いながらも、記憶のあるうちに次の災害が起こったため、
「語り継ぐ」意志が引き継がれたようにも感じました

もし、生きている間に、津波が来なかったら、
「うるさいな」と感じていた人は、次の世代にも語り継いだのだろうか

「自分が語り続けることも『うるさい』と将来次世代に感じられてしまうかもしれないが、どうしたらうまく次世代に伝えていけることが出来ると思うか?」

その質問に対して、「うるさいと思われても語り続けることだと思う」とのことでした

震災で被害を受けた建物は徐々に姿を消し、更地に戻り、盛り土がされ、
良くも悪くも、生々しさが消えることで、感情に伝わりづらくなってるのも事実です

忘れやすい人間の愚かさ

加えて、実際に、岩手県の大槌町で見た、
1933年の昭和三陸地震の際に作られた石碑が印象的でした

一.地震があったら津波の用心せよ
一.津波が来たら高い所へ逃げよ
一.危険地帯に住居をするな

3.11の約80年前にも大災害があって、
そして、本当に、3.11と同じような教訓を覚え、このように後世に伝えようとしました

もちろん地域差もあって、伝え継がれている地域もあったものの、
結果的に1,234名の命を失ってしまうような町もありました

「口頭による伝承では、限界があるから、石碑で」というのは、
今の時代も考えそうなことですが、それだけでは限界があったのかもしれません

「防潮堤が高かったために過信があった」という話も耳にしましたが、
伝承することに加え、日ごろからの意識を根付かせていくことの大事さを感じましたし、
根付かせていくための仕組化が必要なんだと思います

「防潮堤が低かった方が、津波の危険を感じて逃げたかもしれない」という意見もありながら、
結果的に建設中の15m級の防潮堤を見上げながら、複雑な気持ちになります

歴史を、単なる年号や人名の暗記にとどまることなく、
どう将来に活かしていくのかをもっと教育の過程でも考える必要があります

人はどうやって自然と共生していくことが出来るのか

歴史から学べることは沢山あるように感じますし、
観光が貢献できる一つの道でもあると感じています

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