人との関係を耕し続けることの大切さ

奮闘記
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クラウドファンディングも残すところ1週間を切りました

直接のお願いをしようとFacebookの友達一覧を見て少し愕然としました

「あー、みんなが今、どこ住んでて、何やっているか知らない・・・」

そして、仲良かった人であっても、ご無沙汰していると、
「クラウドファンディングやってるんで、よろしくお願いします」的な
何ともビジネスライクというか、資金面の工面をお願いしているようなメールを送ることに、
実際のところ、若干のためらいも感じました

それでも、ここでコンタクトしないと、
このままコンタクトしないままずっと時間が過ぎてしまうのではという想いもあり、
一方的にはなってしまって申し訳ないものの、メッセージを送らせていただいたりしました

思えば、昔は、もっとみんなと連絡を取っていたなぁ

事あるごとに、用はなくても、
「最近どうしてるよ?元気ー?飲もうよ」的なメッセージを暇があれば送ってました

自分が、中高や社会人最初の会社で同期間の飲み会の幹事をやっていたのは、
地道に出欠を集めることも楽しいコミュニケーションの一環だったからだと思ってます

社会人最初の会社を辞めた後も、人事情報は同期から聞いて、
1年くらいは誰がどこにいるかを認識していました

暇だったな、と思う部分と、
あれが大事だったんだな、と振り返る部分があります

今、どこで、何をしているのか
ライフステージに変化があったりしたのか

そういうことを知っていれば、何かあった時も声かけやすいですし、
逆に声もかけてもらいやすいんでしょうけど、そうでないとどんどん疎遠になっていきます

人生で関係を持てる人の数なんて限られているのに、もったいない

加えて、SNSで繋がっていない人に至っては、どう連絡を取っていいかもわからない

電話帳なんて大分開いていないし、今更電話帳のEメールに突然メールを送るのも、
携帯電話が普及した後に、家電に電話するぐらい、なんか違和感を覚えます

SNSの普及により、常に人とつながっている風な空気感はあるけど、
実はものすごい脆くて儚いものなのかもしれないなと感じました

別に、
会うのが全てじゃないし、
飲むのが全てじゃないし、
メッセージが全てじゃないけど、
もっとアンテナを張って、歩んでいこうと気付かされたのでした

ある人が残した言葉
『直につながった人のためにできることこそが、社会に還元できること』

あらためて、心に

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