「遅刻をした」のに、「信頼できる人」とは?

何をしても、どんな道でも、
基本・基礎ってとても大事だと思うのですが、
近年、よりその価値が増しているのではないかと思いました。

なぜそう感じたのか。

今日こんな出来事がありました。

最近、
お客様と机を並べてお仕事する機会があるんですけど、
黙々と作業をしていると、隣の方に一本の電話がかかってきました。

「・・・」

「畏まりました。それで何時くらいに到着されますか?」

「・・・」

どうもこれから来客の予定だったようですが、
そのお客様から遅刻するという連絡だったようです。

ここまでも、まぁ『あたり前』の話です。

それから暫くして、
当初の約束の時間と思われる頃に再度電話がありました。

「・・・」

「はい、畏まりました。お待ちしておりますので!」

「・・・」

電話を置いてその方が同僚の人に曰く、

「『改札を今出ましたので』って連絡があったよ」

「えー、それでちゃんと連絡してきてくれたんですか!すごいですね」

「しっかりしてるよね。こういう人は仕事もきっちりしてるはずだよ。
 安心して任せられるよね。」

「しっかりしてますね。会社もきっちりしてるんでしょうね。」

なるほど。
遅刻の連絡をした裏では、
こんな会話が繰り広げられているのか。

ってか、このお客様は、事実として「遅刻をしている」のに、
結果として、「しっかりできる/信頼できる」人になってました。

不思議な感じですよね。

別に特別なことをしたわけでもないんですけど、
『あたり前』のことを、『あたり前』以上に丁寧にやった結果です。

もちろん、受け止める人によって差もあるとは思うんですけどね。

ただ、あいさつや礼儀とか、
『あたり前』のことができない人が増えたことで、
あたり前にやることが、信頼に大きくつながるのかもと感じました。

つまり何が言いたいか。

+++++++
『あたり前』のことを『きちっとあたり前』にやることが大事
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初心忘れずに、
『あたり前』のことを
『きちっとあたり前』に向かい合っていきたいと思います。

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